過去問・筑波大学社会・国際学群社会学類(経済学)(3年次編入試験・2019年度)

解答例
人間社会の物質的な豊さ、たとえば我々の身の回りに沢山の財・サービスが溢れているとして、そのような世界を育んだ要因は様々であるはずだ。しかしここで、あえて、どれか一つの要因を選んでみよう。我々の身の回りに多くの財・サービスが存在するためには、財・サービスが広範かつ迅速に流通する必要があるはずだ。ならば流通という要因を選んでみよう。そして流通という視点で、人類誕生から現代までの、人間社会の物質的な豊かさの向上を考えてみよう。

流通という視点で世界経済史を俯瞰すると、全く無視できない出来事、それこそ画期的な転換点とも言える出来事として、15世紀の大航海時代の到来と、19世紀の交通・通信革命の二つを見出すことができる。15世紀の大航海時代の到来とは、これまでヨーロッパ世界の中で閉じていたヨーロッパ経済が、その外側の世界と繋がりはじめた出来事である。もちろん単に、ヨーロッパ内外で財・サービスが移動できるようになり、ヨーロッパ世界になかったものがヨーロッパ世界に持ち込まれた点も魅力的である。しかし植民地やプランテーションなどと呼ばれる、国や地域単位での分業が、ヨーロッパ世界の内と外との間で形成された事実こそ画期的である。たとえば砂糖プランテーションは13世紀に地中海の離島に存在していたが、17世紀には西インド諸島にまで到達した。その間、イギリス国内での砂糖消費量は8倍以上に増え、富裕層の嗜好品だった砂糖は中産階級を経て労働者の間でも消費されるようになった。また19世紀の交通・通信革命とは、1825年にイングランドで開業した鉄道、1869年のスエズ運河の開通と、それに伴う蒸気船の流行、そして文字や数字を符号に変えて電気信号として伝送する電信ネットワークの形成、これらは流通をより迅速にし、また世界をより小さくし、世界経済という概念を完成させたと言われる。

たとえ長距離でも陸路であれば、たとえば弥生時代には既に大規模な交易ネットワークが日本列島に形成されていたと言われ、またユーラシア大陸を横断するシルクロードも大変に有名である。長距離交易という経済活動は、それ自体は、分業と余剰生産で交換経済が勃興して間もなく、人類史に出現しているようだ。しかし陸路は、陸つなぎであるが故に、様々な国や地域を跨ぐから、どこか限界があったようだ。そもそもなぜ大航海が始まったのか、オスマン帝国を迂回する交易路を開拓したい動機がヨーロッパ世界にあったからだ、言い換えれば大航海時代の到来とは陸路の限界が動機なのである。そのようにして海路が開拓されることで流通はより広範になった、また交通・通信革命で流通はより迅速になった、この二つは人間社会の物質的な豊かさに貢献した紛れもなく画期的な転換点なのである。

【参考:『概説世界経済史』北川 勝彦 (編集), 北原 聡 (編集), 西村 雄志 (編集), 熊谷 幸久 (編集), 柏原 宏紀 (編集) ー 昭和堂】

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