東西冷戦を読む-ブレトンウッズ体制

『国際政治学をつかむ』著)村田晃嗣、君塚直隆、石川卓、栗栖薫子、秋山信将 有斐閣より拝借

(引用:一部改訂)
20世紀の最初の半分の時期だけで、2度の世界大戦を経験したという教訓から、連合国側の首脳たちは真摯に、新しい平和な国際秩序を構築しようと考えていた。(中略)より実行力をもって世界の紛争を調停できる国際機構の創設が必要と考えられた。「国際連合」の創設である。その創設に深くかかわったのが、アメリカであった。 (中略) アメリカは、第一次世界大戦後には、貧困にあえぐヨーロッパ諸国を積極的に援助せず、英仏には戦時債務の返還を執拗に迫っていたがために、世界恐慌の発生と共にドイツやイタリア、日本で全体主義的な独裁体制が基盤を固め、第二次世界大戦にもつながった。こうした悲劇を繰り返さないためにも、経済大国アメリカが戦後の世界経済でも積極的な役割を果たさなければならないと考えたのである。
(おわり)
1944年7月に結ばれた協定は後にブレトンウッズ体制と呼ばれ、これは、アメリカ主導の国際経済体制であり、
1.国際通貨基金(IMF)の設立
2.国際復興開発銀行(IBRD、世界銀行)の立ち上げ
3.基軸通貨をアメリカ・ドルに固定など約束された。
1と2はブレトンウッズ機関と呼ばれ、1946年に十分な数の国が協定を批准して発足した。 しかしアメリカが世界経済で積極的な役割を果たす様々な動きをボイコットするよう、ソ連は、ソ連の主導で戦後復興した東欧諸国に対し、求めた。ここでなぜソ連が東欧諸国の戦後復興を主導したのかについては、第二次世界大戦(独ソ戦)より、当時東欧諸国とはソ連の衛星国であり、ソ連によってナチス・ドイツから解放された立場にあったことにも起因する。
■意見
資本主義と社会主義のイデオロギー対立といわれる冷戦も、ロシア地域が計画経済を選択する合理性を考えれば、計画経済国たるソビエトが資本主義的グローバリズムとの隣接を嫌うあまりの自衛ではないかと考えることもできる。つまり広大な国土を防衛する観点から生産性の低い地域をも開発する必要がある大国に、保護主義的な計画経済とは直感的に採用されやすい。明治期の日本も北方に備える目的で屯田兵という計画経済を一部とりおこなっていた。
 ■関連する出題
2021年度埼玉大学教養学部グローバル・ガバナンス専修課程(3年次編入学試験)
2020年度専修大学経済学部国際経済学科(3年次編入学試験)

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