国際関係!徹底マスター用語解説:人権①

世界人権宣言
人権および自由を尊重し確保するために、「すべての人民とすべての国とが達成すべき共通の基準」を宣言したものを指す。1948年12月10日にパリで行われた第3回国連総会において採択された。それ自体が法的拘束力を持つものではないものの、初めて人権の保障を国際的にうたった画期的なものであった。また、1950年の第5回国連総会において、毎年12月10日を「人権デー」として、世界中で記念行事を行うことが決議された。

難民の地位に関する条約
1951年7月28日、難民および無国籍者の地位に関する国際連合全権委員会議で、難民の人権保障と難民問題解決のための国際協力を効果的にするため採択した国際条約。そもそも難民の定義に問題があったが、この条約により「人種,宗教,国籍もしくは特定の社会的集団の構成員であること、または政治的意見を理由とする迫害から逃れる者」とされた。そうした者に不法入国しただけで刑罰を科してはならない、迫害の待つ地域に追放、送還してはならないと定められている。

人種差別撤廃条約
正式名称は『あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約』という。
人権及び基本的自由の平等を確保するためのもので、1965年の第20回国連総会において採択され、1969年に発効した。日本は1995年に加入。条約履行のために第8条で「人種差別撤廃委員会」を設けており、締約国の報告を審議したり、異議申立てを受理するほか、一定の条件で個人や団体の申立ても受理し、審理することができる。

人種隔離政策
アパルトヘイトとも言われる。南アフリカ共和国の人種差別制度およびその政策を指す。17世紀半ばにオランダ人が入植して以降、南アフリカでは白人による人種差別制度・政策が定着していった。1948年に政権を握った国民党はオランダ系白人(ボーア人)を基盤に、より徹底した人種隔離(差別)制度を確立。しかし国際的非難、国内での抵抗が強まり、1991年6月に体制が終焉。アパルトヘイト廃止を訴え続けたネルソン・マンデラ氏は1990年に解放された。

ホロコースト
第二次世界大戦中のナチスドイツがユダヤ人などに対して組織的に行った絶滅政策・大量虐殺を指す。1933年にナチス党がドイツの政権を握ると、非アーリア人の定義を行い、ユダヤ人は生活のあらゆる面で差別を受けた。1935年には反ユダヤの法律「ニュルンベルク法」が施行され、ユダヤ人は公民権を否定され、ドイツの市民生活から強制排除されることとなった。第二次大戦でドイツの敗戦が決定的となる1945年まで、ホロコーストは続いた。

※国際関係!徹底マスター用語解説で、用語は、国際関係のファカルティの編入学試験で出題された過去問題から選んでいます。

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