温室効果ガスの排出量削減とコスモポリタニズム

※以前に国際関係を学ぶのコーナーに掲載していた記事です。

NOTE

コスモポリタンな人
洗練された世俗の人、さまざまな世界の特徴を共有する、あるいはそうした世界をみてきた人、ある意味で、個別のネイションの文化ではなく世界や世界文化に所属する人

コスモポリタンな都市
多くの異なる共同体や文化がおおよそ平和的に共存している都市

コスモポリタニズム
どこに住まう誰であっても道徳的な配慮をもって処遇されねばならない、という簡素な理念で統合された、きわめて間口の広い「教会」

コスモポリタニズムの主張(最も基本的には)
国境の向こう側の人びとに対する義務を忘れてはならず、他者の苦しみやニーズに無関心であってはならない

コスモポリタニズムの主張(最も大胆には)
同国人と外国人は事実上、道徳的に区別できないとされる、つまり人はみな、みずから同一の道徳律に従うものとみなすべきなのである

コスモポリタニズムにおける「個人主義」
道徳の関心を払われるべき究極の単位は人間。個人を共同体に隷属させたり、個人の自由や権利を犠牲にしたり、すべきではない。

「国境を越える」≒国と国を行き来する

「国境を超える」≒「国境を越える」が恒常化して国境をまたがった社会空間ができあがる

道徳の関心は個人へ 道徳の関心は共同体へ
国境を越える 人道主義などの考え方 ※参考文献でコスモポリタニズムでない
国境を超える 世界政府樹立などの考え方 ※参考文献でコスモポリタニズムでない

【参考:『国際倫理学』著)リチャード・シャプコット 訳)松井庸浩、白川俊介、千知岩正継】

 

温室効果ガスの排出量削減とコスモポリタニズム

温室効果ガスの排出量削減は喫緊の課題だ。地球上のすべての人びとに共通する課題だ。ただし地球単位で課題に取り組むとはコスモポリタニズム、国境を越えて一人ひとりの人間を幸福にすることに関心を払うべきだ。

排出量削減を呼びかけるとは、ややもすれば先進国から途上国への通牒になる。途上国へ、経済活動の一部をあきめてもらうための先進国からの通牒になりかねない。何十年にも渡り温室効果ガスを排出し、その間に経済成長した先進国。「これから」という途上国の経済活動に「待った」をかけるのであれば、「排出の権利」が不公平に配分されて終わったことになる。

排出量削減と、先進国-途上国間の経済格差是正の並走。コスモポリタニズムの議論で、道徳の関心は人間へ、人間単位で払うべきとする。途上国の国民一人ひとりが先進国の国民一人ひとりと比べて遜色劣らず豊かであるとは、コスモポリタニズムでは、ある人が「自国のなかで」ではなく「世界のなかで」いかに豊かさを得るかである。

ここで多国籍企業による雇用創出、トランスナショナリズムによる接近は、多国籍企業によって開発が進むほど温室効果ガス排出の物理的な場として機能することのジレンマを抱えつつ、多国籍企業にも事実上国籍があるから、受け入れる途上国と、双方の威信、双方のナショナリズムを折衝することにもなる。その交渉には環境保護と言う本来の道徳もやはり国の威信をかけ出席すべきだ。持続可能な開発も「国家を豊かにする」と言う文脈が明確であれば、あるほど、一人ひとりの人間はあくまで被治者という立場で「自国のなかで」それを受け取ることになるのではないか。

排出枠を売買する排出権取引は、多国籍企業には排出量削減の動機になった。排出量削減の試みが順調、かつスケールの巨大な多国籍企業は、先述の二重の交渉で有利になるだろう。しかし、もしも一定数の巨大多国籍企業によって環境保護と経済成長が牽引されるのであれば、再度の議論は必要だろう、格差是正が本当に達成されるかどうか、コスモポリタンな未来であるかどうか、経験的にそうはならないからである。

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