1.近代市民社会から現代大衆社会へ
市民:
大衆:
産業化と都市化が進んだ現代社会における匿名的で受動的な集合的存在。孤立して相互の結びつきを持たず、疎外性、匿名性、被暗示性、無関心などを特徴とする。20世紀的な人間類型。
市民:能動的(主体的)、合理的、理性的
⇔ 大衆: 受動的、非合理的、情緒的
2.大衆社会の成立要因
大衆社会:産業の発達による大量生産、大量消費の普及、マスコミの発達や教育の普及などにより、大衆の行動が社会の動向を決定する反面、生活様式・生活意識の画一化、政治的無関心、孤独感と不安にとらわれた大衆の現実逃避の傾向が強まる社会。第一次大戦後の先進諸国に現れてくる状況。社会学者カール・マンハイムが命名。
- 産業化・都市化:産業革命後、工場労働者が都市に集中し、村落共同体が解体。バラバラに散らばった人々は、雇用労働者として再び組織化されるが、もはや地縁・血縁とは関係のない集団(大衆)となる。
- マス・メディアの発達:マス・メディアの画一的情報が、均質的な大衆社会の形成を促す。
マス・メディア:同一内容のメッセージを不特定多数の受け手に伝達し、社会内の情報流通を媒介する少数の送り手集団。
⇒大衆は同じような思考や行動パターンをとりながらも連帯感は希薄な「孤独な群衆」に(リースマン)メディアの五機能:報道、評論、教育、娯楽、広告。 昨今の政治報道は報道機能なのか娯楽機能なのかあいまい。
メディアの議題設定機能:メディアは多様なテーマに優先順位をつけて報道するため、人々はメディアが強調する程度に応じて問題の重要度を理解するようになるという理論。効率的な報道にとって不可欠だが、世論誘導の作用もある
「ゲートキーパー機能」:報道機関が必要なニュースを伝え、不要なニュースを排除する機能を「ゲートキーパー(門番)」機能という。コミュニケーション・チャンネルが集団におけるメッセージの流れを制御する「門番」の機能を果たす。 - 普通選挙の実現:財産資格による制限選挙から全成人(当初は男性のみ)による普通選挙へ。大衆民主主義を成立さえ、政治経済や社会の動向に対する大衆世論の影響を拡大。
※そのほか、義務教育の普及、運輸・交通・通信手段の発達も、大衆社会の成立に寄与
3.世論と『第四の権力』=マス・メディア
1)世論:
国民またはその一部の人によって形成された公的問題に対する支配的意見・見解
2)世論民主主義:
普通選挙が実現した大衆民主主義は、有権者の世論に根ざした政治運営。
- 長所:主権者たる国民の世論がメディアを通じて政治に影響を与える。世論の支持なき政治の限界。
- 短所:ポピュリズム政治を招く。メディアを通じたエリートの大衆操作の危険。「作られた世論」
3)世論の弱点:
- 大衆の情緒的反応の結果、しばしは合理的判断を損なった形で形成される。非合理性。
- 世論の高まりは一過性のものになりがち。熱しやすく冷めやすい性質。流動性。
- 政府やマス・メディアによって操作される危険性がある。被操作可能性。
4)リップマン『世論』(1922年)
「世論は主に少数のステレオタイプ化されたイメージ群から成り立っている」(リップマン)
ステレオタイプ:パターン化された画一イメージ、認知習慣。ある事柄を表現・伝達する際、型にはめて単純化し、本来の複雑で変化に富む部分を省略し、固定化して捉えること。
- 長所:膨大な情報を処理しなければならない現代社会にあって、誰しも、すべての問題を十分に熟考する時間も能力ない。大量の情報を処理する「思考の節約」のために、ステレオタイプ化は必要。
- 短所:ステレオタイプ化が世論操作を容易にする。ステレオタイプは多数派の先入観や偏見に依存しがちであり、人々が自主的にニュースを解釈する意欲を奪ってしまう危険性も指摘される。★情報公開の重要性。今日では、政府の説明責任(アカウンタビリティ)も重要。
4.エリート主義的民主主義による大衆民主主義批判(20世紀初頭~前半)
高度産業化が進む大衆社会は、複雑な利害関係の調整が困難。大衆民主主義は皮肉にも、行政国家化や官僚支配をもたらし、議会政治や政党政治の機能低下を招く。
- マックス・ウェーバーの「指導者民主主義」(カリスマ民主主義)
カリスマ指導者が議会や政党、官僚機構を手足のように操縦して行うトップダウンの政治に期待 - オルテガ『大衆の反逆』(1930年)⇒世論(大衆の意見)が民主主義を左右することに否定的。
「世論の基づく大衆民主主義は、本来エリートが主導すべき議会制民主主義の堕落」(オルテガ) - カール・シュミットの議会制民主主義批判 → 大衆民主主義のみならず議会政治そのものを批判
公開の審議と決定を通じて真の公益に到達することを目指す議会制は、大衆が政治に参加する現代では不可能。政党が種々雑多な利害を政治の場に吸い上げ、表向きは議会で主張をぶつけ合うが、実際は密室の談合などで決着が図られる。もはや議会制では公益の形成や公共政策の立案などできない。
⇒議会制を否定し、大衆の「喝采」 を支えとする全体主義的な直接民主制を擁護。ナチスを支持。プロパガンダ(政治宣伝)の時代としての20世紀
○音声・映像メディアの誕生:ラジオ、写真、映画、テレビなどの登場。
→情報伝達の活字メディアから印象表現の電子メディアへ
○「官製メディア」としての放送メディア(ラジオ・テレビ)=認可制による統制
政治宣伝と政治権力の補強手段 C.E. メリアム『政治権力』(1934年)
治者が被治者の積極的な服従を調達するために必要な、政治権力の正当化手段を分析。
○ミランダ:大衆の情緒や感性に訴える、非合理的側面をもつ権力正当化の補強手段 例)儀式、音楽、物語、歴史・・・
○クレデンダ:大衆の知性に訴える、合理的側面を持つ権力正当化の補強手段 例)理論、信条、イデオロギー
5.多元主義国家論の登場(戦後=20世紀後半~)
- 一元的国家論 :国家には国民共通の普遍的な公益があり、一元的な国家意思(全国民が有する普遍的意見)で統合された国民共同体であるという考え。ルソー、ヘーゲルに始まる大陸欧州の国家観。
政治は誰の意思を実現するのか? 王(支配者)の意思(前近代)⇒ 国家の意思(近代)
国家の意思を最終的に決定する主体が人民(国民)であるとき、それを民主主義という
・国家意思:国家が有する一元的意思。全国民が普遍的に所有する公益/国益の理解。ヘーゲルは「国家理性」と呼んだ。
・ルソーの「一般意志」:社会契約によって成立した国家の成員である人民が、個々の利害を離れ、全体にとって正しいものと判断する普遍的認識。一般意志が近代法の支えであり、法とは一般意志を記述したもの。
※国民が虚心坦懐、理性的に真理を探究すれば、国家の意思を見出せるはずという啓蒙主義的な考え方。
※「国民とは一般意志/国家意思に同意する者である」という前提に立てば、同意できない者を強制的に同化させるか、排除しようとする。ここに排他的なナショナリズムや全体主義の萌芽がある。 - 多元的国家論(多元主義):ラスウェル、コーンハウザー、ダールら
国家に一元的な公益や国家意思があるという前提に立たず、議会制民主主義は、多様な私益を調整することにあるという考え方。政党を含め多様な集団(中間団体)の自由な利益活動を奨励し、国家による全体主義的統制を批判。英米系の20世紀後半に顕著な国家観。
中間団体 :企業、利益集団、組合、NPOなど国家と個人の間に位置する自律的で限定的な社会集団。昨今、中間団体という言葉と並んで、自発的結社(アソシエーション)というキーワードもよく用いる。
ソーシャル・キャピタル(社会関係資本、人間関係資本)とは、互酬性の規範や市民参加のネットワークのこと。さまざまな自発的結社が社会関係を媒介する。ソーシャル・キャピタルが豊かだと、人々の間の活動が調整され、自発的協力が容易になり、社会の効率性が向上する。市民が担う自発的な「公」の活動が、政府の政策の有効性や住民の厚生を高める。
【参考】
◆多元的な自由民主主義の擁護 コーンハウザー 『大衆社会の政治』(1959年)
大衆が受動的で非合理的であれば、エリートの大衆操作は容易であり、普通選挙による大衆民主主義は脆弱である。むしろ、あるべきは、大衆社会ではなく多元社会を基礎とした自由民主主義である。
1)2つの変数で社会を類型
- エリートへの接近可能性:どの程度大衆はエリートに影響を及ぼすことが可能か。
- 非エリートの操作可能性:どの程度容易にエリートは大衆を操作できるか。
2)4つの社会類型
- 共同体社会:
エリートへの接近可能性:低
非エリートの操作可能性:低
⇒前近代的 - 大衆社会:
エリートへの接近可能性:高
非エリートの操作可能性:高
⇒脆弱 - 多元社会:
エリートへの接近可能性:高
非エリートの操作可能性:低
⇒理想的
※多元社会こそ自由民主主義の安定的基盤。多元的に存在する中間団体が重要。 - 全体主義社会:
エリートへの接近可能性:低
非エリートの操作可能性:高
⇒全体主義
国家が中間団体を禁止・解体し、「原子化された個人」をじかに統制。孤立し疎外された大衆をエリートが操作し、社会を強制的に同質化する。