過去問・同志社大学商学部(3年次編入試験・2021年度)

事業部制組織

カラーテレビとエアコンを製造する電機メーカーは、それぞれの市場(カラーテレビ市場とエアコン市場)に参入しています。製造は当然として、営業部門も、参入している市場が異なるのだから、別々に、あるほうが望ましいのではないでしょうか。複数の市場に参入している企業が事業部制組織を採用する動機として、もっともクリアなものです。カラーテレビをカラーテレビ市場で売るカラーテレビ事業部の営業と、同様にエアコン事業部の営業。機能別組織を採用すると、両方の営業を「営業部」として括ることになります。もちろん、そのほうが望ましいこともあると思います。「日本の自動車企業が事業部制組織を採用しなかった」とは、ファミリー・カーもスポーツ・カーも、製造は製造部、営業は営業部、そうすることを是としたということです。

ジャスト・イン・タイム

1965年(昭和40)年の自動車生産台数をみると、日本が187万台、アメリカが1100万台で、主な量産メーカー数がそれぞれ12社、6社となっています。そのうえ、アメリカでは、GM、フォード、クライスラーの3社で94%のシェアを有している反面、日本では、トヨタ、日産の上位2社でも44%のシェアしか有していない状況でした。つまり、日本においては、企業にとって規模の経済性が発揮しにくい市場環境が存在したことが理解できます。市場規模が小さいうえに、消費者のニーズは多様であり、数多くのメーカーが合併することなく存立していくためには、「必要なときに、必要なものを、必要なだけ」生産し、可能な限り無駄を省くことが不可欠でした。
【抜粋 宇田川勝、生島淳 著『企業家に学ぶ 日本経営史 テーマとケースでとらえよう』p251第17章日本型生産システムの形成】

1980年代以降、トヨタ生産システムは、核となる生産思想を共有していた日本の製造業だけでなく、海外にまで「リーン生産システム」として普及していった。リーン(lean)とは、英語で「贅肉のない」、すなわち「ムダの排除」というトヨタ生産システムの本質を表している。またジャスト・イン・タイムやカイゼンといったトヨタの取り組みは、その基本思想が抽出され、応用されることで、製造業のみならず、流通業やサービス業まで広がっていった。【抜粋 宮本又郎、岡部桂史、平野恭平 編著『1からの経営史』 p240第12章日本的生産システムの形成】

しかし、第二次大戦後、マーケット・セグメンテーションはますます進行し、高級車から大衆車のラインナップだけではなく、大型車から小型車、ファミリー・カーからスポーツ・カーまでの、さまざまな車種が必要となっていました。また多彩なオプションや、同じモデル内でのバリエーションも複雑化しました。たとえばアメリカでは、第二次大戦後はオートマチック車が主流でしたが、日本では、マニュアル・トランスミッションとオートマチック・トランスミッションの両方が共存していました。日本の方が複雑なマーケットとなっていたのです。
マーケット・セグメンテーションの深化は以上のように、第二次大戦後ますます伸張したのですが、このトレンドにGMやフォードはうまく対応できませんでした。というのも、ひとつにはマージンの高い大型車を生産していれば儲かったこと、ふたつ目には、種々の車を作るとなると、生産工程が複雑となり、特に段取り換えと呼ばれる工程の変更に時間がかかり、コストが高くなってしまうからです。
これは、トヨタだけではないのですが、日本の自動車メーカーはこのような段取り換えを速やかに行うことにより、多車種を生産してもコストがあまり増大しないようにすることができました同じラインで、同じ日に、いくつもの車種を生産するのです。【抜粋 安部悦生著『経営学入門シリーズ 経営史 第二版』p171-172日本的生産システムの確立】

自分の言葉でなんていうべきか

ファミリー・カーの製造とスポーツ・カーの製造が、それぞれ「事業部」として別々にあると、直感的に、ジャスト・イン・タイム方式は難しかったと思います。それを事業部制組織のデメリットとして明快に述べるところまでが問われる出題ですね。同一の資源(リソース:resource)を共有して製造することに適さない、これは(今回に限っては確実に)経験的に指摘できることではないでしょうか。

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