過去問・國學院大学文学部史学科(3年次編入試験・2019年度)

前方後円墳と古墳時代の政治体制について1200字以内で説明しなさい。(一部改訂)

解答の着想
ヤマト地域(奈良盆地)にて前方後円墳が出現したのは二世紀頃と言われ、そこから日本列島は古墳の時代をむかえる。列島各地の部族社会で、首長を祀るための前方後円墳が造られ流行した。ここで、ある様式Aを部族間で共有するとは、ある部族社会が、いままで自分達で執り行ってきたAを廃し、別の部族社会のAを受け入れるということだ。当時の部族社会において、特に首長の埋葬とは、首長霊を祀る祭祀行為であり、つまり祖霊から引き継いだ首長の霊力を後継者が引き継ぐ祭式という意味合いがあった。それを部族間で共有するとは、異なる部族社会が祖霊の世界観を共有することを意味する。特に前方後円墳の流行はヤマト連合と列島各地の部族社会が擬制的同祖同族関係に入っていったことを示している。言い換えれば前方後円墳による祭祀とはヤマト王権へのメンバーシップであったのだ。

三世紀後半から四世紀前半まで 四世紀後半 五世紀後半以降 六世紀以降
古墳 巨大前方後円墳が奈良盆地に集中 列島各地で大規模前方後円墳 西日本で小型化 横穴式石室の列島普及
社会 首長を神格化 首長を神格化 首長を世俗的に埋葬
政治 列島各地の有力な長が、地元を離れ、奈良盆地東南部に集められサミットを形成する集権的な政治体制 地方分権的な政治体制 (各地で首長権力が変容した?大首長層が衰退して中小首長層の台頭した?再度の中央集権化があった?) (同時期の対朝鮮半島情勢の影響、蘇我氏の台頭、聖徳太子の政治など。古墳の絵解きよりむしろそうした事柄を理由に中央集権化がはじまったという指摘もある。しかし反乱と鎮圧、豪族間の殺戮と対立の記録から通説では中央集権国家からは程遠いとされる。)
経済 地場産業的。素材を入手した土地で生産が行われ生産物が遠距離交易によって列島に流通する 殖産興業的。素材を遠距離交易によって消費地(人口の多い発展した土地)に集め、そこで体系的に生産する (この時期に地方経済が衰退したとする文献は少なく、むしろそれを否定する文献がある。) (通説では経済も中央集権化が始まっているとする。それに伴う地方経済の盛衰は同時期の対朝鮮半島情勢や国内の戦乱の影響を受けている前提での推論と出土品からの推論で闊達な議論が可能なはずなのにそれが過少な印象を受ける。)
古墳築造 首長を神格化するに首長のパワーを体現 首長を神格化するに首長のパワーを体現 (首長を神格化しなくなったのか?首長のパワーを体現しなくなったのか?あるいはそれら両方なのか?それとも首長を神格化しパワーも体現したうえで小さいのか?) (首長は神格化というよりはむしろ世俗的に埋葬されているという具体的な指摘が多い。)

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