第一回:独立消費と限界消費性向

力仕事(ちからしごと)をする人員を一名手配して欲しいと言われたとき、直感的に「力持ち」をイメージするかもしれないが、実際に人材紹介など業務に携わっていると「似たような仕事の経験があるか否か」を必ずチェックするし、一番重大なのは「過去に欠勤したことがあるかないか」である。勤怠、経験、性別、年齢、こういったものをチェックするのだが、やはり、現実にはどうしても「体重130kgの巨漢を一般宅引越補助で手配しないでほしい。新居の階段が軋む。」といった報告を預かることも稀にあるのである。階段が軋むような巨漢なんて稀だからそんなチェックまさかしないのだが、どうあれ怠っている以上は不測の事態を招くのである。

もう一つくらいこの手の談義をしよう。経営学の講義でこのような出題があった、参入障壁の高い順(そのビジネスを開始するのにコストがかかる順)に以下を並べよという。

  • ファミリーレストラン
  • 対面授業の学習塾
  • 自動車メーカー
  • アクセサリショップ

案外、学生たちの間で考えがわかれるのだが、「土地」「従業員数」の2つだけで判断しようとすると、自動車メーカー>レストラン>学習塾>アクセサリショップとなるだろう。現実もおそらくは当たらずとも遠からずだろう。しかしこの四つの選択肢に新たに「クリーニング屋」が加わると、三番手が「クリーニング屋」なのか「学習塾」なのか、いずれもおよそ敷地面積80㎡で従業員1,2名もあれば始められるとしたら、この判断は難問に違いないだろう。もしも「土地」「従業員数」「設備の種類」の3つで判断すると宣言していれば、クリーニング屋のほうはワゴン車も業務用洗濯乾燥機も必要だから、そこまで難問でもなく、であればクリーニング屋が加わった段階で「ごめんなさい」「設備の種類も考えさせてください(そして3番手にクリーニング屋です)」とするほうが利口ではあるだろう。

さて少ない変数で手短に現実を説明できるモデルを望ましいとするか、説明力の増す限りより複雑なモデルを望ましいとするか。マクロ経済学は単純なモデルから紐解いていく。だからマクロ経済学の一番最初に出てくる変数として「消費(C)」「所得(Y)」「独立消費(c0)」「限界消費性向(c1)」というものがあり、

C = c0 + c1 Y

これがマクロ経済学の最も原初的なモデル、つまりマクロ経済学の最も原初的な考え方の化身であるのだろうなと想いを馳せることができる。c0とは独立消費であり、生活必需品や衣食住など所得がなければ借金をしてでも人は取り揃えて生きていく、など消費には所得に依存しない消費があるという考え方を背景に搭載された項(第一項)である。それと同時に、c1とは限界消費性向であり、人は所得の一部分をいざと言うときのために使わずに取り置きしておく、などという考え方を背景に搭載された項(第二項)である。これがマクロ経済学の最も原初的なモデルで描かれた人間の実相なのである。つまりマクロ経済学は最も原初的なモデルで人間経済活動に「金融」を想定しているのである。

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