過去問・関西大学社会学部社会システムデザイン専攻(3年次編入試験・2021年度)


問2
1978年にノーベル経済学賞を受賞したH.A.サイモンは、古典的経済学が想定してきた伝統的な「経済人」モデルと、情報に制約があるもとでの合理性を求める「経営人」モデルの意思決定基準の違いを論じた。「経済人モデル」と「経営人モデル」のそれぞれの特徴を対比して説明したうえで、現代日本の企業経営に関する具体的な問題をひとつとりあげ、その問題に二つの人間モデルがどのように関わるかを論じなさい。

解答の着想
サイモン自身は、確かに古典派経済学における「完全合理性の前提」を受け入れることができなかったが、まさに批判していたのは「効用極大化の仮説」である。つまり、与えられた選択肢の中から最も良いものを選ぶというプロセスへの批判であった。よって「情報の制約」という言葉尻を捉えて、サイモンの経営人モデルを「限定合理性」とカテゴライズする際に最も注意したいことは、逆に、サイモンの経営人モデルが典型的な限定合理性だと誤謬してしまうことだ。

サイモンの経営人モデルとは、出題文に書かれていないものの「対象が満足の基準を超えているか否かで、これ以上対象を逐次的に探索しない(確定)か探索するかの判断をすること」が致命的な要素である。

現代日本の企業経営に関する具体的な問題に照らすと、たとえば正規雇用労働者が「私はいくらだろうか。」と悩む場面、もしも労働市場に入場し転職活動をした場合に賃金(年収)がどれくらい上昇するか関心事だったりする問題、に対してサイモンの経営人モデルは一定のフィッティングがある。仮に年収が上昇するとしても、実際には古巣を離れる様々なリスクやコストを鑑みて、転職を諦める場合もあるのだが、ここで現在の年収が満足のいく水準に達しているかどうかは、おそらく最も参照される情報の一つだろう。同時に、いまの企業でどれくらいの技術蓄積ができるか(いまの企業に居続ければ自分の市場価値は高まるかどうか)も判断材料になるが、これも、数年後の市場価値が満足のいく水準に達するかどうかの予測が判断の決め手となる可能性がある。しかし一度転職を志した後であれば、複数社から内定を得たうえで最も賃金が高く、かつ育ててくれる企業を、与えられた選択肢の中から最も良いものを選ぶというプロセスに従って、選択することになるだろう。もう転職に踏み切ったのであれば、経営人モデルよりは経済人モデルに近い行動に出ると思われるから、前述では「一定のフィッテイングがある」という言葉の表現に留めたのである。

冒頭で述べたことに触れる。転職者が複数社から内定を得たうえで最も賃金が高く、かつ育ててくれる企業を与えられた選択肢の中から最も良いものを選ぶというプロセスは、情報の制約下の限定合理的な行動に他ならないし、かつサイモンが批判したプロセスのほうに従っている。「典型的な限定合理性」という言葉の表現を用いたが、果たしてサイモンの批判したプロセスに従っているものと、従っていないもののいずれが典型的な限定合理性なのか議論は全く決着がついていないため、「(決めつけるようであれば)誤謬」ということにした。

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