第8回 行政国家と官僚制

1.国家機能の変遷

(17~)19世紀までの国家のイメージ 20世紀の国家のイメージ
自由国家
夜警国家
消極国家
立法国家
小さな政府(安価な政府)
社会国家
福祉国家
積極国家
行政国家
大きな政府

 

2.行政と官僚

行政:内閣をはじめとする国の機関または公共団体が、法律・政令その他の法規に従って行う政務。法の実現を目的として執行される国家作用。国家の機能から立法と司法を差し引いたすべてである。
官僚:行政機関において企画立案等に携わる公務員。特に中央省庁の一定以上の地位にある国家公務員を指す。選挙によって選出される政治家は含まない。

官僚の任用
  • 資格任用制(メリット・システム):公務員の採用において専門能力の優劣(採用試験の優劣)によって採否が決められる。公務員の政治的中立性を重視。
  • 猟官制(情実任用制・スポイルズ・システム):選挙で勝利した政党や政治家が公務員の任免を支配する制度。民主的な公務員人事。
  • 政治任用制(ポリティカル・アポインティー):行政機関の要職につき、政治家である任命権者の裁量により、専門的な政策能力や政治的忠誠心などに基づき任免する。

3.マックス・ウェーバーの官僚制

  • 権限原則:官僚組織の諸活動は、秩序づけられた明確な職務・権限に基づく。
  • 階層秩序:職務上の命令・監督、権限の大小が、上から下へのヒエラルキー構造になる。
  • 公私の分離:職務及び職務に必要な諸手段(設備や資金)が私的な生活領域から分離される。
  • 文書による処理:事務は、原則として文書によって遂行される。
  • 専門化の原則:職務が高度に専門化され、分業と協業が原則。専門知識・技能による人事。●官僚制の性格は、行政組織のみならず(公的官僚制)、企業や政党、組合など大組織に共通にある(私的官僚制)。

4.官僚制の逆機能(マートン)

逆機能とは、マイナス効果をもたらす機能のこと。

  • 形式主義:規則遵守が第一。それを守りさえすればよいという事なかれ主義をうむ。
  • 繁文縟礼:外部に面倒な手続きを押しつける。
  • セクショナリズム:各部門が自己利益(省益等)、権限の維持強化、予算拡大に専心。
  • 責任回避:不都合な事項は他部門に責任転嫁するセクショナリズムの悪弊の一つ。たらい廻し。
  • 秘密主義:重要情報を独占的に所有することが権威と権力の源泉。情報公開に不熱心。
  • 権威主義:ヒエラルキーの権力構造は、下位者に対する無関心や抑圧的態度を生みやすい。

逆機能の増大は、合理的・能率的を旨とする官僚制を非能率的に。「官僚主義」の悪評。→「合理化の非合理性」(ウェーバー):過剰な合理化が人間にとって非合理的な状態を生み出してしまう事態。
日本の行政省庁は、「前例踏襲」「全員一致」を重んじるため、大きな改革が困難で意思決定も遅くなりがち。

5.議会政治の諸問題

1)議会政治の危機(主な4要因)
  • 大衆民主主義化:選挙権拡大により有権者と議員の同質性が薄れ、結果、国民代表機能が低下。
  • 利害対立の激化:社会の近代化が進むほど、多様化する利害の調整は困難に。議会審議が機能不全に。
  • 行政国家化:工業化、都市化、福祉国家化 など、行政機能の量的増加と質的変化で行政権が拡大。議会の地位低下。
  • 議会政治への不信:癒着政治への幻滅、政治的無関心の増大や政党の利益集約機能の低下。
2)国対政治

国会審議をめぐり、与野党の国会対策委員会が政党間の調整を行う、密室型の議会運営。歩み寄りの際、裏取引や利益供与が用いられることもあり、批判も多い。

6.行政国家化の問題点

  • 行政権の優越:行政権を行使する内閣と官僚の権限が増大。国権の最高機関たる国会よりも権限が優越する状態になる。⇒ 行政権の拡大は議会機能(立法、予算編成、行政監督など)の低下を招く。
    • 増加する政府提出法案:議院内閣制においては、政府提出法案の比率も圧倒的に高まり、議会の立法機能が低下。
    • 増加する委任立法:法律の委任に基づき、立法府以外の機関(主に行政機関)が法規を制定することが多くなる。
    • 拡大する行政裁量権:政策執行における高度に専門的な判断を行政にゆだねること。
    • 許認可権の行使:行政機関が持つ各種の許可・認可の権限により行政権が強化される。
  • 官僚の強大化:行政国家化は省庁の権限を増強し、政策の立案・執行における官僚の権限をも強める。
  • ※寡頭制の鉄則(ミヘルズ):階層秩序の大組織の場合、権限が頂点に集中。事務次官の実権拡大
    →官僚への民主的統制の欠落:議会による行政監督機能が低下。非民主的な官僚支配の懸念。
    ●議院内閣制の議会の場合、官僚主導の政府法案を形式的に承認するだけの機関になりかねない。
    ●行政主導の政治運営は、権力分立、議会の優越、「法の支配」、民主主義の形骸化につながる。

7.日本の官僚政治

 

  • 官僚政治:日常的な行政事務を担当する官僚機構が、国家の重要な政策決定に大きな影響力を行使し、政治運営が官僚機構に深く依存した政治のあり方。(事務次官会議で合意された案件しか閣議に上らなかった日本の内閣制度は、議院内閣制というより官僚内閣制というべき状況。 ― 飯尾潤『日本の統治構造』)
    ●明治以降、近代日本の国家形成が官僚中心に急速に行われた伝統が今日に継承(官僚支配の継続)
    ●戦後、公職追放を免れた官僚が政治家に転身し国会へ → 官僚出身議員の増大
    ※自民党長期政権下で族議員が台頭し、政官財の「鉄の三角形」を形成。この構図は政権交代してもあまり変わらず。
  • 行政指導:行政機関が一定の行政目的を達成するために、企業や団体などに対し、勧告・助言など法的強制力を持たない手段により協力を求めて、望ましい方向へ同調させる行為。★半ば強制的な指導。

【官僚制の逆機能】社会学者ロバート・マートンは、事なかれ主義、形式主義、権威主義、秘密主義、自己保身、セクショナリズムなどを官僚制の「逆機能」と呼んだ。日本の官僚組織は驚くほどこれらに満ちあふれている。市場の失敗はやり直しがきく。だが、官僚たちは無謬性神話と責任不在の結果、失敗を繰り返しながらも組織を拡大させてきた。
「官僚組織は肥大化を続け、必要でない仕事を増大させる」というパーキンソンの法則は、わが国ではオモテの公務員組織以上に官僚OBで構成される膨大なウラの天下り法人の拡大で裏付けられている。この結果、官僚組織は、必要性に疑問の多い独立行政法人や、特殊法人、公益法人などの天下り先を乱立させ、OBに現役時代よりも高い給与や退職金を支払う一方で、巨額の税金を浪費し続けている。
ネオ・リベラリズムの中心的唱道者ミルトン・フリードマンは、「(連邦)政府にサハラ砂漠を任せれば、5年以内に砂が不足する」と官僚組織の強欲を皮肉った。日本の官僚は、長年にわたり政権与党を取り込み、立法を陰で支配してきた。この結果、憲法違反とも疑える「官僚内閣制」に至ってしまった。今後、いかにして真の議院内閣制を機能させるかが、最大の政治課題となる。

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