トイレなきBRICs

BRICsとはブラジル、ロシア、インド、中国(さらに南アフリカ共和国を加えることもある)の総称だ。21世紀に世界経済に君臨すると目されるもそこには先進国のキャッチアップという含意がある。特に外資誘致に頼るインド、中国あたりよく当てはまるだろう。しかし彼らが自国固有の課題と折り合いをつける姿に対してまで、牽引する先進国側は積極的に関わろうとはしない。たとえばインドには13億人分のトイレが無い。 

インドの公衆衛生は既に国際社会の注目の的だ。すべての罪を清める聖なる川。しかしガンジス川で体を洗うとかえって病気になる。2018年の水質調査でガンジス川の糞便性大腸菌は基準値の9倍から20倍が観測された。ガンジス川での沐浴の危険性は20年以上前から指摘されるも何も変わっていない。ほとんどの人がトイレで排泄しない。野外排泄をしている。このあたりの「見えにくさ」を佐藤大介氏も自身の著書『13億人のトイレ』の中で、日系企業の社長室から「上から目線」で遠望してもインドは見えてこないと表現した。 
2014年。このトイレ問題にインド政府は取り組んだ。当時の政策「スワッチ・バーラト」で掲げられたスローガンは「きれいなインド」。そしてトイレ設置に対し補助金を出すと政府は約束した。しかし補助金の受領には申請が必要で、結論から言うとトイレ設置よりもむしろ役所への贈収賄で補助金の出る出ないが決まる。正直に作れば作り損だった。これは開発途上国に典型的な収賄、典型的な汚職、典型的な腐敗だ。
さらに「あっても使わない」とは要は一回の値段である。インド人が率先して野外排泄を試みるのは下水道の整備遅延で排泄一回の値段が高いからだ。溜まった糞便の汲み取りも高額なため。排泄一回につきいくらかかるかなんて日本人は絶対にしない計算をインド人はする。そして屋内にトイレある家庭すら木陰で排泄する。下水道の整備は新人作業員が一週間もしないうちに危険な作業をして事故死するなど実態もある。要はサプライサイドが全く追いついていない。根強いカースト制から低いカーストの仕事だという認識もあるようだ。このあたりも日本と異なる。要は事故原発作業日当50万というわけにもいかない国だ。 
日本人に馴染みある「経済大国」「経済成長」と言えばやはり自国日本だ。平成不況以来あまりピンと来なくなったかもしれないが。しかし19世紀から欧米と肩を並べた日本の予てからの充実は21世紀新興国開発で前提とするには優等生すぎるのだ。インドはトイレも作れなかった。そんなインドを所詮新しい大きなパイだと思っていれば経済協力とは臭いものには蓋もしないのだ。 
参考:
『13億人のトイレ 下から見た経済大国インド』佐藤大介(角川新書)

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