00年代の日本の貧困とパターナリスティックで自己責任論的な政府政策

日本の貧困は「見えてこない」と度々言われる。乞食が道端にいない。道行く人並みも綺麗で幸せそうだ。貧者のための居住区域も街中に明確な形では存在しない。それこそ有名なホームレス居住区があるくらいだ。ホームレスとは珍しい可視化された貧者だ。しかし彼らは公園や特定の場所に引きこもっている。これらは理由なのかもしれない。なぜいままで貧困にわずかな注意しか払われなかったのか。貧困は90年代から着実に増えているのに。

それが変わり始めている。エコノミストによって示され始めたのだ。失業。その統計と推計で。貧困が増え続けていること。貧困が、貧困ではない市民や若者に、影響し続けていること。既存のセーフティネットによる現実的な保護も日本のような現代先進国に寄せらる期待値では供給されていないかもしれないこと。

貧困を日本政府は積極的に認めなかった。政府は公式な貧困ラインを定めなかった。また貧困について包括的な調査もなかった。特にホームレスについて限定的な取り組みがあったくらいだ。そうした政府の態度は公的扶助システムの運営に垣間見れる。公的扶助システムの恩恵を受ける者は過度に制限され、意図的に弱者は減らされた。政府は労働を推奨。社会的経済的に自立できていない人を単に立ち直らせるためのパターナリスティックで(押しつけがましく)かつ自己責任論的な政策で、本当は至る所にあるかもしれない貧困を、社会的経済的構造の中に埋没している原因と共に、すっかり見落としてしまっていた。

参考文献:The Rise of Poverty in Japan: The Emergence of the Working Poor
Y Sekine Japan Labor Review, 2008

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