男は、上野広小路で暮らしていた。
上野広小路とは、それはとてもピンポイントな表記だ。上野ではなく上野広小路。
しかし間違いなかった。
男は、あの道路標識の下、放置自転車がたむろする、地下鉄入口階段の反対側に段ボールを敷いて暮らしていた。
ある朝、男は気づいたのだった。
食糧が減っていることに。
男は思った、寝ている間に誰が盗んだのだろう。
しかし犯人とは、次の朝にはわかった。
カラスだ。
いま、まさにカラスが、昨日は許された男の残りの食糧を、クチバシに挟んでいる。
そしてまさに飛び立つのかという姿勢だ。
男は、弱弱しくも精いっぱい叫んだ。
やめろぉぉぉぉ・・・・
するとどうだろう。
カラスは、持ち逃げするのをやめたのだ。
カラスは、男に食糧を返すように食糧を放すと、こころなしか一瞬首を傾げたのだ。
そして飛び去って行ったのだった。
人間が反応すれば、当然そうなるか。
男は、思った。
カラスは大の男を区別しない。
勝った人、負けた人。
そんなのは人間くらいだ。
人間くらいだ人間にそんなのをやっているのは。
おしまい