過去問・宇都宮大学国際学部(3年次編入試験・2019年度)

 多文化共生とは何かを論じたうえで、多文化共生においてSNSがもたらす功罪について、具体例をあげながら、あなたの考えを800字以上1,000字以内で述べなさい。

※「事例」とは「過去に実際に起こった出来事の例示」であるが「具体例」であれば「不変の事実」を含む。

解答例(最終更新2020/7/25)
多文化共生とは、国籍や民族などの異なる人々が、互いの文化的なちがいを認めあい、対等な関係を築きながら、地域社会の構成員として共に生きていくことである。ここで課題となるのは自文化中心主義の克服である。自文化中心主義とは、自分の文化や体験が、暗黙のうちに、他者の文化や体験を推し量る基本となってしまうことである。同じ国籍や民族の者同士であっても、たとえば娯楽や余暇の過ごし方など、ある人が無我夢中に取り組んでいることについて、類似の個人的な体験を論って非生産的だ、時間の浪費だとみなしてしまう場面はありがちではないか。こうした考え方を、特に国籍や民族などの異なる人々と関わるうえで、克服せよということである。
しかし現実世界では、まず生活レベルで「郷に入れば郷に従え」の如く外国人に地元民への同化を求める場面が散見される。あるいは国家が「ナショナリズム」の名の下に同化政策を実施するなど枚挙に暇がない。いままで国籍や民族などの異なる人々が共に暮らすと言っても、外国人側に様々な強制を伴い、前段落の意味で多文化共生的な社会とは言えなかった。
さてSNSがもたらす功罪についてだが、これを考えるうえで、現実世界と違ってSNS世界では個人的に気に入らない人々との接触を回避できる、この特徴は無視できない。確かにSNSは遠く離れた人々との交流を促進するという意味で異文化交流を促進してきたかもしれない。しかし現実はどうだろうか。Twitterでは、まず興味関心の近い人同士のクラスタがあり、さらにその中に親しい者同士の相互フォロー関係がある。こうした関係性を構築するうえで参照するのが、プロフィールに書かれたユーザの特徴、または好きなもの、あるいは過去のツイート情報である。そしてTwitterでは、嫌だと思えばフォロー解除、そのような振る舞いも可能である。Twitterに代表されるSNSのこうした「気に入った人達とだけ関わりあいになれる」という特徴は、自文化中心主義をむしろ育てやすいと思われる。共通点があれば交流しましょうというスタンスのSNSが普及したことの功罪と言えるだろう。

【参考:『多文化共生のためのテキストブック』松尾知明】
【参考:『多文化共生にひらく対話 -その心理学的プロセス-』倉八 順子】
【参考:『「多文化共生」は可能か 教育における挑戦』馬渕仁】
【参考:『多文化共生をどう捉えるか』宇都宮大学国際学部編】

【関連する発展的な出題】埼玉大学教養学部現代社会専修課程(3年次編入試験・2021年度)「ソーシャルメディアは、なぜ社会を分裂・分断させると考えられるか。理由を述べよ。またその具体例をひとつ挙げよ。」