日本大学経済学部合格者解答例①失業率が低く雇用環境が良好なのに賃金上昇率が低いのはどうしてか?

出題文

雇用環境が良好で失業率が低ければ賃金上昇率は高いというのが、これまでの日本経済の経験則であった。しかし近年は、失業率3%台と低位であるにもかかわらず賃金の上昇率は低位にとどまっている。その理由について、日本の産業構造の変化、雇用形態や人口の変化等を考慮して具体的に論じなさい。

過去問研究・はじめる日本大学経済学部の対策

日本大学経済学部編入生の解答例

失業率が低いのにも関わらず賃⾦の上昇率が低位の理由として、⾮正規労働者の増加による、賃⾦格差の是正が挙げられる。
⾮正規雇⽤の労働者が増加した理由として、柔軟な雇⽤を⾏うことができる点と、コストの削減になるという点が挙げられる。
柔軟な雇⽤について、⾮正規雇⽤にはパートタイムや派遣労働者など、様々な勤務形態がある。企業は様々な勤務形態を活⽤し、特定の時期に⾜りない部署での⼈員確保などに⾮正規雇⽤の労働者を補っている。その結果、企業が臨時の⼈員確保という形で⾮正規雇⽤の労働者を雇う数が増加した。コストの削減について、⾮正規雇⽤労働者は賃⾦が安く、社会保険や退職⾦なども少ないため、⼈件費の削減につながる。さらに勤務時間も正規社員と異なり、勤務時間が選択できるため、⾦銭的なコストだけでなく、時間の⾯でも⼤きなコストカットになる。このような理由から、⾮正規雇⽤労働者の割合が拡⼤していった。割合が拡⼤していくにつれ、格差改善の運動が⾼まり、2020 年から同⼀労働同⼀賃⾦制が導⼊された。この制度によって、正社員の賃⾦も⾒直され、結果として賃⾦の上昇率が低いままとなっている。
賃⾦率を上げる解決策として、⾮正規雇⽤から正社員へ登⽤することだと考えた。正社員へ登⽤するチャンスを与えることで、⾮正規雇⽤の割合が減少する。その結果、格差是正をする必要もなくなり、正社員の賃⾦率も上昇する。以上のことから、私は賃⾦の上昇率を上げる⽅法として、正社員の増加が効果的だと考える。

上記は日本大学経済学部の編入生(3年生)つまり合格者にもう一回過去問を解いてもらったものです。論旨は「正規-非正規で賃金格差を是正しているから全体的に賃金が上がらないんですよ」というものです。

要は「企業がコストカットを目論んで、(90年代から)非正規雇用労働者が増えてきたんですよ」って書かれています。平成不況(バブル崩壊、氷河期、リーマンショック、震災)のうち特に小泉-竹中時代に起きていたことを踏まえてそう論じているのかな?
これも筆者が本気でそう思っているのであれば、私のほうで主張を根本的に却下しないです(むしろざっくり言えばあっているとさえ思う。「時間の面でも大きなコストカット」とか難解な記述があるなりに)。・・・と前置きしたうえで「同一労働同一賃金で正社員の待遇が切り下げられている」という実態を書いてあげるとロジカルな文章に仕上がると思います。

さらに…

  • 非正規雇用労働者の割合が高い第三次産業で、他の産業に比べて、従事する労働者の割合が高くなっている。
  • 成果報酬主義やジョブ型雇用の導入など(日本型)雇用慣行が変容しているいま、生産年齢人口の減少から新規学卒者も減少しているいま、即戦力採用という考え方が普及している。

などという事実もつけ加えてあげようよと思います。最終段落の賃金上昇率を上げる方策に言及するのは題意と一致しませんね。余計なことは書かないで大丈夫です。

講師の解答例

これまでの日本経済の経験則に照らせば、失業率が低ければ賃金上昇率は高くなければならないのに、失業率回復基調でありながらなぜ賃金上昇率が低位に留まるという事態が起きたのかについて論じる。ここで産業構造の変化とは、第三次産業の割合が高くなったこと。また労働者の雇用形態の変化とは、非正規雇用労働者が増加したこと。さらに人口の変化とは生産年齢人口が減少したことである。これらに原因があるとして論じていこう。先に結論を述べれば、正規雇用労働者と、増加している非正規雇用労働者の間で不条理な待遇格差の解消を進めていく流れのなかで、実際には正規雇用労働者の労働条件を切り下げていることが原因であると考えたのである。
アルバイトなど非正規雇用労働者が増える傾向は景気回復局面では典型的とされる。しかし昨今、産業構造の変化や日本型雇用慣行の変容と相まって非正規雇用労働者は90年代からの増加に歯止めがかからない。なぜなら第三次産業では、労働者が正規雇用労働者であることが多い。そのため第三次産業の割合が高くなると経済全体で非正規雇用労働者は増えていく。また日本型雇用慣行の変容とは、成果報酬主義やジョブ型雇用の導入など、そこに人口動態の変化で若者が減少して新規学卒者が減少し続けている世相もあって、雇用の考え方が即戦力採用にシフトしていることを言う。雇用の考え方が即戦力採用にシフトすればするほど従来型の若年正規雇用労働者は必然的に減っていくのである。
ここで同一労働同一賃金に典型的な正規-非正規間の不条理な待遇格差の解消は、現実には正規雇用労働者の待遇を切り下げる形で実施されている(c.f.日本郵政の住宅手当)ため、非正規雇用労働者の増加と格差是正が並走するほど正規雇用労働者の賃金上昇は据え置かれ、つまり賃金上昇率は低位に留まると思われる。

文献の紹介

「量的緩和政策と労働市場」宮本 弘曉

アブストラクトの抜粋

分析の結果、量的緩和政策は生産を増加、雇用を拡大、失業を低下させることが明らかとなった。また、量的緩和政策は物価を上昇させる効果がある一方、賃金を押し上げる効果は限定的であることがわかった。具体的には、量的緩和政策は、(1)総賃金の指標である総雇用者所得を増加させるものの、その効果は大きくないこと、(2)一ヶ月あたりの現金給与総額を増加させるが、賃金の基調を表す所定内給与へは有意な影響を与えないこと、(3)労働時間を増加させるが、時給換算した現金給与総額への影響は限定的であることがわかった。この結果は日本では賃金よりも雇用の確保が優先されることを意味している。

これを読んだ誰しもが「量的緩和政策は日本で賃金よりも雇用の確保が優先されるパラダイムを見落としていたのか」という疑問をもつわけです。著者は「物価目標を達成するために賃金上昇が不可欠だ」というジャーゴンに従っているわけですが、一般消費者としては「サンドイッチも買えないからなんとかしてくれ」と思うわけですね。

そういえば企業の社会的責任として完全雇用の達成を中学公民で習いますが、昨今の業界を問わない慢性的な人手不足(コロナ禍の世相でも臆せずこれを言ってみる)があるので、上記については至ってサプライサイドの都合なんだろうなと思いますよ。低賃金で人増やしたいんでしょって。完全雇用なんていいから企業は賃上げして、政府は失業手当ばら撒けばいいのにと思います。労働者の中でも働けたり働けなかったりする労働者層(まさに非正規雇用労働者ですね)は、いま露骨に飼殺されているんじゃないかな。

モチベーション

日本においても日本銀行が 2013 年から実施している「量的・質的金融緩和」によって物価目標を安定的に達成するためには、景気回復に伴い賃金が順調に上昇していくことが不可欠とされており、やはり労働市場が政策の成否の重要な鍵となっている。しかしながら、量的緩和政策の効果を分析する際に、労働市場を明示的に取り扱っている研究は少ないのが現状である。

偉いと思う。

正規-非正規の軸をどう扱った研究なのかと言うと

日本の労働市場ではパート、アルバイトといった非正規雇用が労働需要の変動を調整する役割を果たしてきた。景気回復の初期においては、非正規雇用が増える傾向があるが、非正規労働者の賃金は正規労働者の賃金と比べ低いため、経済における平均賃金がなかなか上昇しないことがしばしば指摘される。

そうなんだ。

そこで、労働者一人あたりの賃金ではなく、総雇用者所得を賃金の指標として VAR モデルを推計した。ここで、総雇用者所得とは雇用者数と一人あたり現金給与総額の積として定義される。なお、雇用者数は総務省「労働力調査」のデータを使用している。図 1 には総雇用者所得の量的緩和に対するインパルス反応関数が示してある。マネタリーベースの増加は総雇用者所得を有意に増加させるものの、その反応は非常に小さいことがわかる。また、月間現金給与総額を一般労働者とパートタイムのものに分けて分析を行った。結果は図2に示されている。興味深いのはマネタリーベースの増加は一般労働者の現金給与総額を有意に増加させるのに対して、パートタイム労働者の現金給与総額には有意な影響を与えていない点である。

さて量的緩和政策でもって正規雇用は賃上げされているのに、非正規雇用が賃上げされていない。これを統計的に明らかにした論文です。ここに「格差是正で、実は正規雇用労働者の待遇が切り下げられている」というプロポジションが加われば、解答例のロジックをサポートしていけるはずですね。

キーワード

  • 日銀当座預金残高:民間の金融機関が日本銀行に開設している当座預金の残高。日銀が量的緩和政策と言いながら勝手に増やしてくれたりする。当然に市中に供給される円も増える。
  • サプライサイド:企業。供給する側。
  • 失業手当(雇用保険):月18万の安月給だと失業したら月14万くらいタダ飯が食えるので実家に帰るとよい。
  • フィリップ曲線:基本的にこういうのを自分で調べて覚える習慣をつけてください。マクロ経済学の理論的なところで説明するには、まずニューケインジアン、であればスティグリッツが本家本元のはずなので読みましょう。ただ編入学試験のレベルでそこまで求められるとは到底思えない(難関大であっても。フィリップ曲線自体キチンと説明しようとするとAS-ADの発展論題なのと、その一方でIS-LMまでわかっていれば解ける問題を中心に出題されているため)
  • 産業構造の変化:第三次産業が増えてますよ
  • 第三次産業:サービス業です。サービス業はもともと非正規雇用労働者の割合が高いですよ
  • 雇用形態の変化:非正規雇用労働者の割合が労働者全体で増えていますよ
  • 非正規雇用労働者:アルバイトとかですよ
  • 人口の変化:生産年齢人口が減っていますよ、新規学卒者は依然減少し続けますよ
  • 平成不況(小泉-竹中時代):『平成の教訓』という書籍で他ならぬ本人が語っている
  • 同一労働同一賃金:正規-非正規間で不条理な待遇格差を解消していきますよ
  • 日本型雇用慣行:これは全部自分で調べたほうが力がつく。考え方が人によるところだし。
  • 成果報酬主義:やればできるひとが稼ぎますよ
  • ジョブ型雇用:phpでDBにあるhtmlデータから日本語を抽出してくれたら30000円差し上げますなど
  • 即戦力採用:当日からキチンと仕事できる人を採用したいということ。大企業の新卒は年単位で研修(具体的な予算と売上が発生しない訓練)が施されますが、そういうのではないということ。

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