令和3年度合格体験記!千葉大学文学部!関西学院大学総合政策学部!(受験校:千葉/奈良女/関西学院/東京外語)

※編入ここあ(@j8yn2BAIteNVJHT)さんからの寄稿である。

はじめまして!編入ここあです!早速ですが、この度なんと千葉大学の文学部に3年次編入を決めました。小学生の頃から目指していた大学ということもあって「やっとか。」という思いであります。

さて、いきなりのスタートですが私が編入を目指した理由…。それは「今の大学より少しでも上に行きたい。」、「大学受験に失敗した自分をもう一度奮い立たせ、自信を取り戻したい」というような思いからでした。編入を目指す方はそれぞれ様々な理由をお持ちでしょうが、私の場合こういった自分への挑戦が一番大きな理由だったかもしれません。

遡ること高校3年生の3月、大学入試センター試験が満足いかない結果に終わり編入を決意しました。ここからが戦いでした。

ひとまず私の戦歴を簡単にご説明すると!

【合格校】

千葉大学文学部国際言語文化学コース

関西学院大学総合政策学部(国際政策学科)

【不合格校】

・奈良女子大学生活環境学部

・東京外国語大学国際社会学部

というような形です。

今から見ると色々な学部受けたなという感じもしますが…。それはさておき、ここからは編入合格までの道のりをご紹介したいと思います。

まず、私が本格的に編入試験の勉強を始めたのは大学1年生の2月からです。その頃から編入の塾に通い始め、過去問に沿って試験勉強を始めました。私の場合、編入の塾に通うまでの大学1年次はとにかくアルバイトで編入試験にかかる資金稼ぎと編入試験には不可欠とも言える英語の勉強(TOEICなど)にひたすら励みました。私は外国語系の学部に進学したため、ラッキーなことに入学直後から英語の勉強に専念することができ、実際に編入試験対策として勉強し始めた時も比較的楽に取り組めました。

さて、前述した塾の話ですが結果私は2ヶ月で辞めました。理由はコロナ禍で通塾できないということもありましたが、独自で勉強を進めた方が効率的でないかと思ったからです。言い換えれば、志望校関係なく団体で開かれる授業ではなく、それぞれの受験校にあった対策をしていく段階にあると感じたからです。しかし、情報を集める面では塾に頼るということが一番かと思ったので通信に切り替え、自分のペースで問題を解きながら過去問を取り寄せ、添削などは他の人に直接お願いして進めていきました。

受験校の時系列としては、奈良女子大学(6月)、東京外国語大学(書類落ち10月)、千葉大学(10月後半)、関西学院大学(11月中旬)という形です。⚠︎あくまで私が受験した当時の受験日程です。ここからは志望校ごとに対策方法等を書いていきます。不合格校も失敗例として生かしていただけたら幸いです!

【奈良女子大学】

4月になり編入に対する自分の中での緊張感がとても高まって行きました。5月、奈良女子大学・生活環境学部の募集要項を発見し、早く合格校が欲しいとばかりに出願しました。試験は1ヶ月後…。こんな無計画な試みは叶うわけもなく、あえなく不合格に終わりました。明らかに対策不足でした。

・志望理由書(添削なし)

・過去問(3年分?)

□英語:和訳練習

□小論文:(5月中旬〜)小論文の書き方、社会学系の勉強

・教授の書いた本をさっと一冊読む

という感じで本番に臨みました。英語はなんとかなったものの、小論文は練習期間の短さが物語っていますが、もうお手上げ状態でした。面接に関しては、ほぼ練習なしでした。控え室ではほとんどの人が面接原稿に目を通している中、私は志望理由書のコピーと少しのメモを読んで挑みました。3人ずつのグループ面接でしたが、隣の方は流暢に話しておられて「ヒヤッ」としました。これを機に私も失敗から学びましたね。

5月、第一志望校の千葉大学の対策に本腰を入れ始めました。

【千葉大学】

・提出論文の作成(5月〜)

・志望理由書(9月〜)

・面接の準備(10月〜)

というような感じです。千葉大学に関しては添削・面接対策に関しては基本的に通信の塾の先生にお願いしました。提出論文に関しては、好きなテーマを自分で決めることができたので、それに関する本や文献を10冊以上読み進めました。論文については通信の先生に何度も添削していただきました。また、面接対策に関しては通信のサービスにも頼りましたが、友達の協力が大きかったと思っています。Zoomでの面接だったので友達4人ほどに頼んで日替わりで面接の練習に付き合ってもらいました。第一志望とだけあって念入りに対策しての結果がついてきたのだと思います。


出題:下線部の表現(The state of exception)を、本文の論ずる文脈に沿って説明したうえで、現在の世界における国家、法、人間などを考察するさいにこの表現がどの程度まで有効であるかについて、あなたの考えを述べなさい。(出題英文は著作権の都合で割愛)(H30.東京外語大)

 例外状態とは、法の支配が放棄され通常の制圧が及ばなくなることである。植民地は例外状態の場所にあたり、征服者によって残忍な行為がなされてきた。例えば、支配者は野蛮人を動物扱いし、虐殺を行っても植民地では法が存在しない以上、彼たちが罪に問われることはなかった。このような悪行が認められても、例外状態は存在するべきなのか。
しかし、例外は場合に応じて認められる必要はある。なぜなら、正当な理由において防衛が要されるからだ。現在では、テロ事件に関して有効ではなかろうか。例えば、最近イスラエル過激派組織の動きが世界で問題となっている。日本人ジャーナリストも拉致され生命を脅かされる事件も度々起こった。ここで、緊急手段として、イスラエル突撃侵入など例外措置が適用されれば人命は救助できたかもしれない。けれども、例外状態として国家・法の支配が際限なく強化されれば、国家間の亀裂の深刻化やさらなる人命が脅かされる危険がある。
そこで、アメリカ同時多発テロを例にとってみるのはどうか。アメリカは、アフガニスタンのテロ集団に対し、盗聴・拷問という本来なら認められない行為を正当化した。通常なら考えられないことも国が決定すれば容易に正当化されてしまうのだ。また、ビルに衝突しかける飛行機を緊急措置として爆破してはどうか。そうすれば犠牲者は飛行機乗客だけに留まり、更なる犠牲者が生まれなかったことも考えられる。しかし、これが例外として決行されていたとしたら遺族へはどのように保証されようか。
以上より、例外状態については有効範囲を決めることは不可能に近いと考える。しかし、国際的に基準を設けていく必要はあるだろう。現在のテロ問題を考えた場合、二国間で措置を設けるのではなく、国際機関が中立的対応をするのが最適ではないだろうか。

▲9月上旬に本人の書いた解答(一回目)

編入ここあさんが書いた解答です。私が指導しました。上が一回目。下が三回目です。

かラスマタケオ

 ヨーロッパの司法命令において、合法な戦争は文明化した二国間で行われ、理性的な戦闘とされてきた。また、植民地は辺境に類似しており、本国の支配が及ばず人間社会が未構築であった。この植民地で法の支配が放棄されることが例外状態であり、それは人種の拒絶に起因した。さらに、植民地では暴力の例外状態を文明化には不可欠なものとされた。それゆえ、欧州人は先住民を虐殺する罪に気付かずにいたのだ。このように、例外状態は人権を侵害する危険性がある。残忍な行為が正当化されてまで例外状態はあるべきなのか。私は、現在の世界を見る場合、テロ事件に通ずると考える。
最近、テロ事件は深刻化し多くの人命が脅かされている。また、北朝鮮やイラクをはじめ核兵器の保持が疑われ国家間の緊張状態が高まっている。その中で、アメリカの独断的行動の是非が問われるべきではないか。アメリカは9.11のテロ事件を受けてアフガニスタンのタリバン政権を追放するまでに至った。その後もアメリカを筆頭に「平和維持」のための軍事介入が行われ、国際機関の権力を超越した判断が目立つ。確かに、国家の防衛のために特別な対応は要される。しかし、アメリカのように国家の独断に走れば、国際法や人権も容易に犯しかねない。実際、アメリカの対テロ政策により、避難民は急増しており、このように人命が脅かされる例外状態は好ましくないはずだ。
そこで、国際的に基準を設けることが必要だと考える。第二次世界大戦以降、各国は「世界人権宣言」を批准し人権は保障されたはずであった。しかし、一部の人権を脅かす危険性を高める状態は未だ続いている。そこで、国際機関が現在の対テロをはじめとする緊急時の対応の具体的指針を設置することが必要ではないか。さらに、国際機関の判断のもとで介入または当事者間の斡旋を行うことが重要になってくるだろう。
このように、例外状態は当事者間の平和を推進し、人権を保護する意味では有効である。けれども、現在の世界ではこれを利用してより多くの人権を脅かす危険性もある。これを踏まえて、今日のテロ対策には国際統合的な判断が必要となってくると考える。

▲9月上旬に本人の書いた解答(三回目)

一回目と三回目を比べるとわかりますが実力はあります。型にハマれば強いタイプの典型的な私大生だと思いました。編入学試験で学歴が化けるパターンの一つかなと。

かラスマタケオ


続いて、残りの2校、東京外国語大学と関西学院大学の受験対策ですがほぼ同じ要領で進めていきました。これら二つの受験学科は国際系でしたが、在籍大学でも国際系のコースだったので学校での授業を知識として生かしました。しかし、時事問題が致命的だというご指摘を当時指導してくださっていた方から言われ、それからというものテレビのニュースに留まらず、新聞に本にたくさん読んで知識を補強していきました。他の具体的な対策についてはそれぞれ以下の通りです。

【東京外国語大学】

・志望理由書(8月〜)

・過去問対策(9月中旬〜)

□小論文(添削→やり直し+関連課題→添削)

□英語読解練習

【関西学院大学】

・過去問題・6年分(9月前半〜)

□英語(エッセイでしたが、海外の友達に添削してもらっていました。)

□小論文(添削)

関学の場合、1週間前に下見を踏まえて学校訪問した際にいただいておいた3年分の過去問には救われました。直近3年分が手に入らなかったので、それ以前のもので挑むつもりでしたが直近3年分を見たことで傾向がよりはっきりと掴めました。当日はある程度予想が当たったので、落ち着いて解くことができました。

長くなってしまいましたが、私の編入試験で辿ってきた道のりはこのような感じです。結果、合格校2校/不合格校2校となりましたが、不合格から学んだことは間違いなく合格へとつながりました。長くて厳しい道のりではあったけれど、いろんな人に助けを求め刺激を頂きながら最後には自分の幼き頃からの夢を実現させることができました。編入という経験はいつまでも私の心の中の宝物として残ることだと思います。最後になりますが、自分の道は自分で切り開いてください!!努力はどんな形であろうと必ず報われます。ファイト

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